TOPへ

BLOG

公開研究会「ワークショップのファシリテーションを科学する -困難さ調査レポートから熟達の鍵を探る」(イベントレポート)

REPORT
Hikaru Mizunami
2018.07.16
公開研究会「ワークショップのファシリテーションを科学する -困難さ調査レポートから熟達の鍵を探る」(イベントレポート)


 

ファシリテーションの「困難さ」から熟達の鍵を探る

「ファシリテーションは難しい」
 
ワークショップ実践者同士の会話のなかで、このような台詞をよく見聞きします。
 
そこで昨年(2017年)ミミクリデザインでは、その「困難さ」の実態に迫るべく「ワークショップのファシリテーションにおける困難さに関する調査」を実施しました。
 
また調査結果の発表とさらなる探求の機会として、2018年5月5日公開研究会「ワークショップのファシリテーションを科学する -困難さ調査レポートから熟達の鍵を探る」が開催されました。今回はその様子をレポートでお伝えします。
 
メインの司会・進行は、昨年の調査研究で中心的役割を果たしたミミクリデザインの代表・安斎勇樹とリサーチャーの青木翔子が務めました。また参加者として、調査にご協力いただいた方も含め、様々な領域から50名を超える実践者の方々にお集まりいただきました。
 

 
今回の研究会の目的は2つ。1つ目は調査によって明らかになった事実を整理すること。もう1つは、ワークショップ・ファシリテーター特有の困難さの実態と背景を探り、今後ファシリテーターとして熟達していくための鍵を探っていくことでした。
 
具体的なプログラムとしては、まず青木・安斎から「ファシリテーションにおける熟達および困難さ」に関する調査結果を踏まえた話題提供が行われました。その後、安斎への質疑応答の時間が設けられたのち、「マグネット・テーブル」と呼ばれる対話の手法を用いて、ファシリテーションについて多角的に考えを深めていきました。
 

 
 

ファシリテーションにおける困難さをリサーチする

「ファシリテーションの困難さ」を調査対象とした昨年のリサーチ研究でしたが、実際の現場からお話を伺うと、ファシリテーションではなくプログラムデザインのミスにより不必要な困難さが発生しているケースも数多く存在していた、と安斎は言います。そのため今回の研究会では、できる限り厳密にファシリテーションを原因とした困難さだけを取り扱うべく、まずはプログラムデザインの重要なポイントが丁寧に解説されていました。
 

 
それからリサーチ行程の話へ。今回の調査では、まず「教育」「商品開発」「まちづくり」「アート」などの様々な領域から、初心者・熟達者問わず計155名の実践者によるウェブアンケートを行ないました。その後、その中の16名にインタビューを実施し、ファシリテーションの困難さに関する総合的なデータを収集していきました。
 

 
結果を精査したところ、まず実践領域による困難さの違いが見えてきました。例えば「教育」の領域に携わる実践者が、学習目標が明確に規定されているために参加者の主体性と学習目標の両立に困難さを抱えているケースが多いのに対し、商品開発カテゴリーに属する実践者においては、企業の掲げる目標と合致しつつも奇抜で新規のアイデアを出さなければならないというジレンマに困難を抱えている人が多いそうです。
 


 
さらには経験年数による困難さの違いなどが発表されていました。これらの調査結果を踏まえ、あくまで暫定的な考察ではあるものの、「熟練者は、困難さ調査で明らかになった困難さをそれぞれの実践知によって乗り越えている」などのポイントが提示されていました。
 
 

「困難さ」をめぐる質疑応答

青木・安斎による発表を終えると、参加者との質疑応答の時間が設けられていました。個人的には、ある参加者の方による「解決する必要のない困難さもあるのではないか?」という質問が印象的でした。
 

参加者 (熟達という観点からすると)その人にとって必要な困難さというのもあるのではないでしょうか?
 
 安斎 おっしゃる通り、僕の研究者としてのスタンスとしても、ファシリテーションが認識している困難さをすべて取り除くべきとは思っていません。ただ、まずは困難さを一通り洗い出してから、その中で本当に解決しなきゃいけない困難さを見極めていく必要があると思います。
 
例えば、初心者の方が、「アイスブレイクとして設けたワークなのに、参加者の会話があまり盛り上がっていない!」と悩んでいるとします。しかし、仮に熟達者が同じ状況に立たされたとしても「みんなが冒頭から嬉々として取り組むことが必ずしも良いとは限らないし、全員が無理に発言していなくても良いのでは?」と、案外気にしないことも多いんですよね。
 
慣れていない実践者は「ファシリテーターとしてこうしなければならない」や「ワークショップはこういうモノだから」などの固定観念に縛られるあまり、過度に困難さを認識してしまっているケースが多い。同時に、その固定観念を脱していく過程に熟達への鍵が隠されているのではないか、と感じています。

 
また別の参加者からは、「困難さに対して、どこまでプログラムデザインで支援可能か?」などの質問が挙げられていました。
 

 
 

ファシリテーションを問い、対話する

続いてミミクリデザインの和泉裕之をファシリテーターとして、「マグネット・テーブル 」と呼ばれる対話セッションが開かれました。
 
マグネット・テーブルでは、まず最初に一人ひとつ、「自分がいまみんなと考えたい問い」を作ってもらったのち、それを他の人にも見えるように胸元に掲げながら、無言で部屋のなかを歩き回ってもらいます。一通り他の人の問いを確認し終えたら、「考えたい問い」の性質が近い人同士が半自発的にグループを組むように促され、出来上がったグループの中で、集まるきっかけとなった問いを中心に対話を行います。
 



 
今回は、あえて問いを設定しなかった1グループを除くと、全部で9つの問いからグループが生まれていました。
 

1. なぜワークショップなのか?/なぜファシリテーションなのか?
2. どうすれば企業内でファシリテーターがイノベーションをリードできるか?
3. ワークショップと研修のファシリテーションはごちゃごちゃにしていいの?
4. ワークショップで扱いにくい人の対処方法とは?
5. ファシリテーターとしての資質とは?
6. 誰もが参加意識を持てる「場」作りとは?
7. なぜファシリテーターを?なぜワークショップを?
8. ファシリテーターの魅力は何?
9. ファシリテーションの振り返りのやり方、学び方とは?

 
その後対話の内容を全体に発表・共有。発表後の質疑応答からまた新たな観点が生まれたりと、領域ごとに異なる見方・考え方が、熱い議論を通じて次々に浮き彫りとなっていきます。主なものとして、以下の論点が盛んに議論されていました。
 

ワークショップの設計者(デザイナー)と、ファシリテーターは同一人物であることが望ましいのだろうか。それぞれ求められる職能が異なるとすれば、分業したほうが望ましいのではないか」

 

ワークショップ参加者の選別はありか、なしか(あるとしたらどういう状況か)」

 

「プロフェッショナルとして、どこまでの役割を指して“ファシリテーター”と呼称するのか

 

ファシリテーターはどこまで中立であるべきか。仮に受け入れがたい意見が出たり、自分の意見を言いたくなったりした時、発言を控えたほうがいいのか、どうか」

 
特に最後の「ファシリテーターはどこまで中立であるべきか?」という論点に対して、あるベテラン実践者の方の発言が印象的でした。
 

参加者 18年くらいファシリテーションやってます。個人的には、ファシリテーターはかならずしも中立でなくてもよいのではないか、と思っています。ファシリテーターや司会・進行の人は、自分の意見を常に参加者と一緒に持っていていい。
 
どちらかというと、その場にいる全員が、他の人も自分の意見と同様に尊重し、受け止める姿勢が重要と感じます。逆にいうならば、前に立つ人だけが全部を受け止めなければいけないわけではなく、場にいる一人ひとりが、他の人の意見をちゃんと聞くっていう立場を持っていないと、ファシリテーションは成り立たないような気がしています。ファシリテーターひとりがみんなを引っ張っているわけではなく。それだと支配的な場になってしまう。お互いに話が聞き、ひとまず受け止めることはできるのではないかというのが、今伺っていて思ったことです。

 
それ以外にも、「ファシリテーションやファシリテーターの定義は今後書き換わっていく可能性が十分にある。今後アップデートしていくとしてたら、どうするのがいいのだろう?」と、ふと考えさせられる問いが和泉から投げかけられるなど、一つの観点からは答えを見つけにくい問題に全員で考えていく場が形成されていました。
 


 
 

“省察的実践者”であり続けるということ

最後に、進行の青木から、まとめの言葉が話されました。

青木 今日の研究会を通して、それぞれのファシリテーターという概念の捉え方や、これまで学んできた背景や環境、文脈の違いが改めて感じられて、今後どうまとめていこうかとだいぶ考えさせられました(笑) 一方で、時代の変化や状況がさらに多様化していくなかで、ファシリテーターの定義や知られ方は、おそらく時代や社会の変化にものすごく影響を受けるものなのだろう、と感じました。
 
今回様々な観点が示されたように、実践者によって状況の解釈の仕方や熟達の過程は異なります。それでも一方で、共通な部分もきっとあるのだと考えています。たとえば、ワークショップではどこまで参加者に対してフラットでいられるか?という問いかけが途中でされていましたが、ファシリテーターとして存在する以上、完全な参加者として場に関わることは、私は不可能だと考えています。場を掌握する役割があり、極端に言えば、いくらでもコントロールすることができてしまう。
 
しかしながら、だからこそ、自身がそうした存在であることを意識しなければならない。…とすると、ファシリテーターは、常に省察的実践者であり続ける必要があるのだろうと思いました。常に自分に問いかける。もちろんそれは難しいことでもあるのですが、ともあれ、振り返りながら実践していくことが非常に大切なのだろうと改めて感じました。
 

 
ひょっとしたら、置かれる状況や文脈の変化によって、これまでファシリテーターとして培ってきたものを全部壊さないといけなくなるかもしれません。とはいえ、それはなかなか難しいのが実情でしょう。
 
ただ、理想の場と、自分が今運営している現実の場のあいだにギャップが存在する以上、そこを埋めていくための何かーーそれがスキルなのか、態度なのか、信念なのか、わからないですけどーー何かでそこを埋めていくことで、着実に熟達していくことができるのではないでしょうか。領域ごとに必要とされる要素は違うかもしれませんし、他にもなかなか難しい面もあるにしろ、今後研究としてさらに深めていきたいと思います。ありがとうございました。

 

PICKUP